太古のカルデラの中心で栄えた水の町
佐々並は、海から直線距離で20㎞近く離れた山間地域です。約1億年前に、大量のマグマが地上にふき出す大噴火があり、マグマが地下から出たことで巨大な陥没地形(カルデラ)ができていたと考えられています。古い火山で地形は残っていませんが、地下構造の影響か、カルデラの中央に向かって緩やかに下がるすり鉢状の地形をしています。谷が中央に向かって集中するため大雨時には水や土砂が流れ込んで堆積し、平地ができています。水が集まる場所であることもあり、参勤交代の際の休憩地として江戸時代の始めに御茶屋が建てられ、萩往還(街道)の宿駅として栄えました。
佐々並カルデラ内は、周辺地域と比べてなだらかな地形をしています。谷が浅く、日照時間がやや長く、緩やかに傾斜する谷底平野に棚田をつくって米づくりが行われています。また、米とともに育てられる大豆と井戸水を使ってつくられた“ ささなみ豆腐” は、伊藤博文がこよなく愛したことでも知られています。
佐々並の市(ささなみのいち)
萩往還沿いの休憩所や宿場町として栄え、当時の町並みが残っています。
1億年前のカルデラの中心に位置し、水が豊富に集まる場所です。
1億年前のカルデラの中心に位置し、水が豊富に集まる場所です。
カルデラと萩往還
萩と山口、防府を結ぶ萩往還は、1億年前に超巨大噴火を起こした佐々並カルデラを南北に縦断しています。
明木から佐々並までが緩やかな下り、佐々並から国境の碑までが緩やかな登りになっており、佐々並がカルデラの中心にあることを感じることができます。
明木から佐々並までが緩やかな下り、佐々並から国境の碑までが緩やかな登りになっており、佐々並がカルデラの中心にあることを感じることができます。
国境の碑(こっきょうのひ)
佐々並カルデラの縁では、固い溶岩が峠になっています。その峠に長門国と周防国の国境が引かれました。
淵ヶ平(ふちがひら)
佐々並カルデラ内で、マグマが貫入してできた固い溶岩が川の中に段差を生み、滝になっている。
歩いてみよう!
萩往還
カルデラを縦断する歴史の道を歩いてみよう。
グルメ!
佐々並豆腐
きれいで豊富な水を使った豆腐が古くから親しまれている。