2026年6月4日(木曜日)

笠山風穴熟成日本酒

― 海辺の火山で寝る日本酒

萩・越ヶ浜に、夏でも冷たい風が吹き出す場所があります。地元で「ヒヤシ」と呼ばれてきた、笠山の風穴です。その天然の冷気だけで、萩の日本酒をひと夏ねかせる ― 電力も冷却装置も使わない、新しい日本酒づくりが始まりました。

風穴日本酒ロゴ
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1. 産地(どんな土地で生まれる?)

萩は、幕末に明治維新の原動力となった多くの志士を生んだ長州藩(萩藩)の城下町。今も古い町並みが残ります。その中心部から東へ向かうと、笠山という小さな火山のふもとに、越ヶ浜という漁師町があります。城下の表通りからは少し離れた、海とともに生きてきた町です。

長州の奥庭と、漁師の信仰

笠山のふもとに、明神池という池があります。ほとりに立つと、水をへだてた対岸に、鳥居がひとつ、ぽつんと見えます。厳島神社の鳥居です。あたりは静かで、時折、空をゆくトビの鳴き声が響くばかり。その小さな鳥居だけが、凛とした佇まいで水辺に立っています。

この池は、かつて「御茶屋池」とも呼ばれました。ほとりに藩主の御茶屋(休息所)が置かれ、城下の喧騒を離れて殿様がくつろいだ景勝地 ― いわば長州の奥庭だったのです。

ふと水面に目を落とすと、泳いでいるのは鯉ではありません。海の魚たちです。厳島神社は古くから海に生きる人々の信仰を集めてきました。池に泳ぐこの魚は、漁師たちが奉納したものです。海とともにある暮らしが、この水辺に静かに映し出されています。

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集落の奥からもれ出す冷気「ヒヤシ」

明神池から、一歩集落に入ると、風景は表情を変えます。赤い石州瓦の家々が狭い路地に肩を寄せ合い、見通しのきかない、迷路のような町並みが続く。漁師町らしい、密やかな佇まいです。
その奥まった路地を夏に歩いていると、ふいに、ひんやりとした空気を感じる場所があります。じっとりと暑いはずの真夏に、そこだけ秋が忍び込んだような、つめたい風。外の暑さがうそのようです。地元で古くから「ヒヤシ(冷やし)」と呼ばれてきた、笠山の風穴の冷気です。なぜ夏に、しかも海辺の町で、こんな冷たい風が生まれるのか ― その不思議は、のちほど解き明かします。

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ヒヤシとともにあった暮らし

冷蔵庫もクーラーもなかったころ、人々はこの冷気を頼りに暮らしました。夏の涼をとり、食べものを保つ。とれたシラスなどを加工する作業場として、また漁網を手入れする場として ― 真夏でも上着がいるほど涼しいその空間が、暮らしと生業を支えてきました。風穴で酒を育てる今回の試みも、その暮らしの延長線上にあります。

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2. 特徴(どんなお酒?)

 

風穴で寝かせた「ひやおろし」

笠山の風穴の天然冷気だけで、GI萩の日本酒をひと夏ねかせる ― それが「風穴熟成酒」です。春にしぼった酒を夏のあいだ寝かせ、秋に出す「ひやおろし」の一種にあたります。GI萩の六蔵がしぼった酒を越ヶ浜の風穴倉庫に運び込み、電力も冷却装置も使わず、土地の冷気だけでひと夏を過ごさせます。

新酒にはない、まろやかさ

しぼりたての新酒は、香り高くフレッシュで、口当たりに若い「角」があります。それをひと夏ねかせると、角がとれ、まろやかで旨味のふくらんだ味わいに変わる ― これが熟成です。ただし、普通のひやおろしが蔵で一定の温度のもとに眠るのに対し、この酒が過ごすのは、風穴の“自然のままの”冷気の中。その違いが味にどう表れるのかは、これからのお楽しみ。


 

3. 仕組み(なぜ夏でも涼しい?)

その涼しさは、笠山という小さな火山が生んだものです。

海に突き出た小さな火山

笠山は、標高わずか112メートルの小さな火山です。およそ1万年前、流れ出た溶岩が冷え固まってできました。日本海へ突き出すように立ち、笠山と本州をつなぐ砂州に海が取り残されてできたのが、あの明神池です。

笠山と越ヶ浜

崩れた溶岩のすき間が、風穴を生んだ

その溶岩が、長い時間をかけて崩れ、大きな岩がごろごろと積み重なりました。いわば巨大な石垣のような斜面です。岩と岩のあいだには無数のすき間があり、そこを空気が通り抜ける ― これが笠山の風穴です。「風穴」と聞くと、富岳風穴や鳴沢氷穴のような溶岩の洞窟を思い浮かべるかもしれませんが、笠山のヒヤシは洞窟ではなく、この“岩の積み重なり”。「崖錐型(がいすいがた)風穴」と呼ばれます。

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冬の冷たさを、夏まで蓄える

冬の間、冷たい外気が岩のすき間に入り込み、積み重なった大きな岩を芯まで冷やします。日光の届かない岩の内部は温まりにくく、冬の寒さを“保冷剤”のようにため込んでいきます。そして夏。岩のすき間を通る空気が、この冷え切った岩で冷やされ、斜面の低いところから冷たい風となって流れ出すのです。だから、外が30度を超える日でも、奥まった倉庫の中は11〜13度ほど。電気も冷却装置も、いっさい使いません。

風穴の仕組み

 

4. 独自性(なにが特別?)

冷えすぎない、ちょうどよい低温

日本の風穴の多くは標高の高い山あいにあり、10℃以下の低温のものが多いです。場所によっては、氷も保存できるほどです。けれど日本酒の熟成は、温度が低いほど穏やかになり、0℃近くではほとんど進まなくなります。冷たければよい、というわけではないのです。

笠山のヒヤシは、海のすぐそば。酒を寝かせる倉庫は標高10メートル足らず、50メートルも歩けばそこは港で、漁船が静かに浮かんでいます。海に近く低い土地ゆえ冬の冷え込みが穏やかで、夏でも約11〜13度と冷えすぎない。ひと夏で酒を熟成させるのに、ちょうどよい温度帯かもしれません(検証中)。海辺・低標高にこれほどの崖錐型風穴が成立すること自体も、国内では極めて稀です。

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ゆらぐ冷気に、ゆだねる

ふつう、酒の熟成では温度を一定に保つのが良いとされます。だから蔵もトンネルも雪室も、安定した低温を保とうとします。けれど風穴の冷気は、季節や風とともに揺らぎます。一定ではない。自然とは、本来そういうものです。
その揺らぎが、酒に深みを与えるのか、それとも難しさになるのか ― 答えはまだわかりません。あえて自然のゆらぎにゆだねてみる。これは、結果の見えない挑戦です。

笠山の風穴

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雪室

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トンネル・洞窟

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海底貯蔵

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熟成法 利点 欠点
笠山の風穴 冷えすぎず、ひと夏で穏やかに熟成が進む 温度が一定でない(酒質への影響は検証中)
雪室 低温・高湿で品質を保ちやすい 低温すぎ、ほぼ保存向き
トンネル・洞窟 温度が安定し、管理しやすい 地形・設備に依存
海底貯蔵 紫外線を断ち、微振動が熟成を促すとされる 水圧で瓶破損・海水浸入の恐れ、管理が大変

すべてが、地域の中で

「GI萩」の日本酒は、土地で育った米を、地元の施設で磨き、土地の水で醸します。原料が地域の外に一切出ない、究極の100%萩産の地酒です。そこにこの夏、「熟成までも土地の力で」が加わりました。米づくりから熟成まで、すべての工程が地域の中で完結する ― その最後のひと手を担うのが、笠山の風穴です。

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5. 社会的意義(売るためだけじゃない大切なこと)

この酒づくりが目指すのは、おいしい一本を世に出すことだけではありません。電力に頼りきった産業のかたちと、失われゆく地域の伝統文化 ― いまの社会が抱える二つの課題に、小さくても具体的な答えを示そうとする試みでもあります。

電力を使わない、これからの産業

冷却装置も電力も一切使わず、土地そのものが生む冷気だけで酒を育てます。効率重視でエネルギーを大量に使うことを当たり前としてきた産業のあり方を、年々厳しくなる夏の暑さ ― 気候変動の時代に問い直す試みです。

消えゆく地域文化を、使って残す

実は、かつて暮らしを支えた風穴は、今では使う人が減り、静かに失われつつあります。そこに「酒を育てる」という新しい役目を与える。表面的な形だけを保存するのではなく、もう一度暮らしの中で使われることで、生きた姿が未来へ受け継がれていくことを願っています。

地域の大人と子どもが、プロジェクトを動かした

酒の置き場所を選ぶ決め手になったのは、萩ジオパークのプログラム(フィールドラボ)で地域の大人と子どもが温度計を手に集落を歩き、自分たちで測ってつくりあげた「風穴マップ」でした。単なる学びで終わらない。市民科学が社会に生きた一例です。

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お問い合わせ

この日本酒は現在、熟成の一年目。夏を越した酒は、秋に「ひやおろし」として出荷される予定です。商品の詳細や購入については、主催の豊田酒販株式会社へお問い合わせください。

  • プロジェクト全般・商品について:豊田酒販株式会社(本プロジェクト主催) ℡ 0838-22-8127
  • GI萩(地理的表示)について:萩市産業政策課 ℡ 0838-25-3811
  • 笠山風穴「ヒヤシ」について:萩ジオパーク推進協議会(事務局:萩市ジオパーク推進課) ℡ 0838-21-7765